アルメニアの社会事情



コーカサス旅行記

~インテリゲンツィア~

リダの家で同じ部屋に泊まっているこうのすけくんは、この前とは別のアルメニア人の友達と会う約束をしていると教えてくれ、僕はそれにも便乗することにした。

この前と同じように同じようにオペラハウスの裏のベンチで待ち合わせをした。マーシャはメガネをかけていて、英語もペラペラで、そして日本語も勉強している。いかにもインテリという感じがした。インテリという言葉はロシア語の「インテリゲンツィア」という言葉からの借用語であるということをアルメニアにきてからこうのすけくんに教えてもらった。

マーシャとは気があった。僕は今年に学んだ日本語教授法を使って外国人にわかりやすい日本語を話せるようになっていた。まだまだ勉強したばかりの彼女にとって、少しでも日本語を聞く練習になってほしいと思いながら、基本的には英語で、時々日本語で会話をした。

前回のHana達とは違って、マーシャ達とはしっかりと話ができた。それは彼女が英語ができるからではなく、人間性の問題だった。20歳とは思えないほど彼女はしっかりとしていて、性格も大人だった。でも、Hanaあまりお酒は飲まず、クラブやバーには行かないというのはHanaと同じだった。

ある日、マーシャは別の友達を連れてきた。彼女と同世代、20前後のアルメニア人女性3人と雰囲気のいいカフェに行き、ペチャクチャとおしゃべりをした。簡単な日本語の挨拶やジブリのことなど、どんなに大人っぽい性格でもまだ20歳前後の子供っぽさは残っていて少しだけ安心した。

中でも大学1年生のマリアムとは特に仲良くなり、僕は仲良くなったのをいいことにアルメニアの社会について様々なことを聞いた。この旧ソヴィエト連邦の一構成国が連邦崩壊後どのような社会になっているのか、という単純な興味があった。

彼女らはロシアンユニバーシティーの学生だった。ロシアンユニバーシティーはおそらくインターナショナルユニバーシティーであり、だからこれだけ普通の人が英語ができない中、彼女らは英語ができるのではないかと勝手な推測をした。

こうのすけくんに通訳をしてもらいながら話を聞くとどうやらロシアンユニバーシティーはアルメニアの中で唯一のロシア系大学でアルメニアの中で一番のインテリゲンツィアが集まる大学だとわかった。マリアムは自分の彼氏はアメリカンユニバーシティーに入学すると教えてくれた。

おそらく彼女らは日本で言う東京大学の学生のようなインテリだった。インテリゲンツィアは見た目だけではなかった。

ただ日本の場合とは事情が違う。日本のインテリは日本の大学に通う。中には上を目指してアメリカやヨーロッパの大学に留学する人もいるかもしれないが、それは一握しかいない。アルメニアのように自国に「ロシア」や「アメリカ」のように特定の国の名前を関したインターナショナルユニバーシティーがあり、そこにインテリが集まるというのは日本では考えられない。

インテリが他国の名前を関した大学に行く、つまりはインテリが自国を否定しているというアルメニアの社会事情がなんとなくわかった気がした。

しばらくして、マリアムは「私のお気に入りの公園があるからそこにピクニックしに行こう」と言った。共和国広場のあたりからしばらく南に歩き、暗いトンネルを越えると広公園が見えた。僕らは園内を歩きながら写真を撮ったりポップコーンを食べたりして純粋なピクニックを楽しんだ。アルメニア人はたとえインテリであっても純粋で、そしてみんな楽しそうに毎日を生きている気がした。

マリアムは社会事情などを話すのが好きらしく、僕にいろんなことを教えてくれた。単純に話好きなのか、外国人にアルメニアのことを知ってほしいからなのかはわからなかったが、楽しそうにいろんな話を語ってくれた。

ピクニックが終わり帰ろうとした時、マリアムの彼氏が来た。見た目からしてアメリカンボーイでアメリカンユニバーシティーに行く彼も、やはりマリアムと同じようなことを言った。アルメニアのインテリはみんな同じようなことを考えているようだった。

「アルメニアには2種類の人々がいる。一つはアルメニア国内でずっと暮らしアルメニアのことしか考えず英語ができない種類の人々。もう一つはロシアやアメリカの方向を向き、外国人とのコミュニケーションがとれ、外国で暮らしたいと思っている種類の人々。」

「エレバン国立大学はアルメニアの中では一番頭のいい人たちが集まるけれど、結局彼らはアルメニアのことしか考えてないし外国を見ていない。」

「アルメニアには仕事もないし、給料も安いし、みんな給料のいいロシアに出稼ぎに行ってしまう。政府も最悪。ソヴィエトのときのほうがマシだったかもしれない。」

・・・この国はどういう国なのだろう?彼女達から話を聞いて考えたがあまりまとまらなかった。この国のインテリたちはすでに外を向いている。自国に対してあまりいい感情を持っていないように思えた。

冷戦の時代、日本はアメリカを始めとする資本主義社会陣営に属していたため、旧ソヴィエト連邦をはじめとする旧社会主義国の情報は全くといっていいほど入ってこなかった。僕が物心がついたくらいのころにベルリンの壁は崩壊し、ソヴィエト連邦という国は地球上から消え去った。

このアルメニアという当時一切情報がなかった国も今では国を開き、若者は近隣の大国ロシアや世界の大国アメリカの文化をどんどんと取り入れている。

今後、アルメニアという経済的にも国土的にも小さい国はどうなっていくのだろうと考えたが、勉強不足で何もわからなかった。

僕は小難しいことを考えながら一人暮らしをするこうのすけくんの家に居候することになり、62番のマルシュルートカでカイゼルというスーパーに向かって走っていった。

TOP      NEXT


inserted by FC2 system