トラブゾン



中東旅行記

~トルコの東側~

イラン大使館の前でであったチャリダーとは思いのほか仲良くなった。彼らはカップルでこの旅中に結婚したいということだった。

僕はHotel benliから彼らの泊まっている宿に移動した。彼らの泊まっているホテルサムスンはシングルで一泊10リラだった。Hotel benliが17リラと考えれば格段に安い。僕はチャリダーの二人、ようへいくんとかよさんのカップルと一緒にご飯を食べたり、一人でぶらぶらとしながら数日間をすごした。

ホテルサムスンのあるトラブゾンで有名な売春宿街は絵に描いたような売春宿であった。ちょっと路地裏に行くと初老とも呼ぶべき女性たちが一生懸命に男を誘ってくる。ロシアから来たのか、グルジアやアルメニアから来たのかは全然わからないがトルコ人とはまったく違う、エキゾチックとも呼べるこの雰囲気の中、僕は好奇心のみでこの売春宿街を歩き、当然売春宿に行くこともなく、無為に過ぎる時間をとめることもなく一日を終えることもあった。

トラブゾンまでくるともはやヨーロッパの雰囲気は皆無であった。トルコは広い。イスタンブールのような洗練された大都会は見る影もなく、汚く趣のある所謂アジアの雰囲気に変わってきていた。僕はアジアに入ったという実感のをようやく手にしはじめてきていた。

人もまったくといっていいほど変わった。イスタンブールですら優しいと思えた人々は、トラブゾンに来て数十倍も優しく、人懐っこい人々に変わった。誰も英語は話せずトルコ語で話しかけてくるが、チャリダーの二人は少しだけトルコ語が出来たため多少コミュニケーションは取れた。むしろ言葉がなくても、彼らとは通じ合える気すらしてきた。

何の理由もなくチャイをくれ、純粋無垢に日本人に話しかけ、ジャパングッドジャパングッドと口々にいう彼らの笑顔は日本人としての自信すら引き起こさせた。中南米ともヨーロッパとも性質の違うこのイスラム国トルコという国の人々の純粋で、そして無償の笑顔はトルコ人を決して悪い人ではないと思わせる感動を与えてくれた。

チャリダーの二人とはかなり多くの時間をともにした。日本人とここまで長い時間話したのは本当に久しぶりだった。彼らは農業を営み、そしてパーマカルチャーなどにも精通していたためか、打ち解けるのは早かった。そして、彼らと話す中で僕はだんだんと自分の凝り固まっていた感覚に変化が生じてきた。

僕はこの旅を始める前、妙に独善的なところがあった。物事を1か0かで捉え、良いか悪いかで判断し、好きか嫌いかで選んできたところは否めなかった。理論的には、それが勿体無いということをわかっていたのかもしれないが、感覚的には、今思えば、わかっていなかったかもしれない。

独善的感覚はある種の行動において妙なパワーを与えてくれ、そしてある種の人間と異常なまでの結びつきを持つ場合がある。だが、独善的感覚による結びつきは必ず内ゲバを起こす。僕はもう子供ではないのだ。

僕は中南米で、ヨーロッパで、そしてトルコで、長い長い旅をする中で僕は信じられないくらいに素敵な人間、尊敬できる人間、かわいらしい人間、純粋な人間をこの上なく見てきた。そしてそれと同じように、信じられないくらいに凶悪な人間、自分と気が合わない人間、醜い人間、計算高い人間も見てきた。

世の中にはいろんな人間がいた。僕は徐々にその人たちを「好き」「嫌い」「正しい」「間違えている」という言語のみで判断しないようにと考え直した。もっと大きな大きな気持ちでどこか包み込むような感覚を持つようになろうと思い始めてきていた。

それは結局「無」に返ることになる。すべてを受け入れすべてを受け流し、すべてを流れるように観察する。何年も前にアジアのとある国で学んだことが今になって思い出された、僕はこの旅でヨーロッパ・アメリカ的愛を強く意識してきたためか、無に返ることを忘れていた。この二つのある種の矛盾は決して矛盾をしていない。



ホテルサムスンは常に蚊がいた。夜は蚊に悩まされ、そして道路沿いの24時間ひっきりなしに走り続ける車の音が妙に気になり、不眠から体調不良を引き起こした。咳と鼻水が止まらない。

だが、いつまでもトルコにいるわけにも行かなかった。グルジアとアルメニアで出来るだけ中央アジアのビザを取り、日本人が集まるところで情報を集める必要があった。イランに行けないとするならばカスピ海を渡るしかない。飛行機を使えばかなり楽にはなるだろうが、距離と値段を考えると出来れば使いたくないという思いはあった。

Metroという名前のバス会社に行きチケットを取った。僕は宿のオーナーらしきトルコ人に挨拶をし、いつもいっていたロカンタの店員にさよならを告げて、トビリシ行きのバスに乗った。

ビザとルートの関係でトルコにはまた戻ってくるかもしれない。戻ってこないかもしれない。

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