中米旅行記/エルサルバドル



〜中米入国〜

エルサルバドルの国境を越えたときにはすでに日は暮れていた。

ようやく中米に入国した。テワカンで前日の午後14時にバスに乗り、国境を越えたときには次の日の午後18時を周っていた。28時間バスに乗っていることに気づいたとき、段々と気持ちが悪くなってきた。バスの中ではほとんど眠れていない。眠気と気持ち悪さが同時に襲ってくる。でも、もうすぐ着く。早く宿を見つけて眠りたい。

バスは永遠と走り続けた。国境からサンタアナまではそんなに時間はかからないはず。なぜなのか分からないがとにかくバスは走り続けていた。

グァテマラに限らず中米は全般的に治安が悪いと言われている。夜、出歩くと強盗に襲われる危険性がある。僕は夕方くらいに着くと楽観視していたが明らかに日は暮れていた。不安になりながらも到着するのを待っていた。

あまりにもサンタアナに到着するのが遅いことであることに気づいた。
「もしかしてこのバスはサンタアナを過ぎているんじゃないだろうか?」

恐る恐る隣の乗客に聞いてみた。「このバスはサンタアナに行くのか?」
隣の乗客は驚いた様子で「このバスはサンサルバドル行きだ。サンタアナはとっくに過ぎたぞ。」と言った。

・・・そうだよな。だろうな。

僕はエルサルバドルの友達とメタパンという街で会う約束をしていた。メタパンはサンタアナから北に一時間ほど行った街。サンタアナを過ぎてしまえば後戻りをしていかなければならない。

一瞬いらだったが疲れの方が強かった。段々とどうでもよくなりサンサルバドルに到着するのを待った。

結局、夜21時ごろにバスはサンサルバドルに到着した。僕は運転手にサンタアナのチケットを買ったと言ったが彼は「メホール(こっちの方がいいだろ)」と一言だけ言って何も取り合ってくれなかった。僕はすべての気力をなくした。安全にベッドで眠れれば何でも良かった。

地球の歩き方に載っている宿に行くためにタクシーの客引きと交渉した。中米の街で夜にうろうろと歩きまわることは絶対にしたくなかった。

宿にたどり着き、倒れるようにベッドに寝転んだ。が、しばらくすると何も食べていないことに気づき、食堂を探した。夜に出歩くことは危険だと分かっていたけれど空腹には勝てなかった。

宿の人に近くのレストランの場所を聞くが全部しまっていると言われた。まだ夜22時。すべての店が閉まるには早すぎる時間である。

しょうがなく宿の周りを歩き回ってみたが確かに開いている店はなさそうだった。というよりも人自体いなかった。人の気配が一切ない。街灯もほとんどなく街全体が暗い。アメリカのスラムのようなスプレーの落書きがあちこちにあり、恐怖感を煽った。僕は一気に怖くなり宿に戻った。

幸いにも宿でお菓子が売られていた。僕はお菓子を大量に買い、水で流し込んだことで空腹を抑えることができた。30時間のバス移動による不眠と疲れが一気に襲い掛かり、僕は倒れるようにして眠った。




---

翌日、僕はメタパンという田舎町に向かった。メキシコにいた時にライブモカで友達を見つけエルサルバドルで会う約束をしていた。初めての男友達だ。

僕は若干現地人の友達と会うことに疲れを感じていた。キューバでもメキシコでも現地人の家に泊まり、現地人の生活に入り込んでいたが、楽しさと同時に疲れが溜まっていて、少しだけ一人旅がしたくなっていた。

が、彼は親切な人間で、どうしても日本人と会いたいと以前から言っていたので僕はあってみようと思った。「つまらなければ帰ればいい」くらいの軽い気持ちだった。男友達は女友達よりは多少気を遣わなくて済む。

夜とは対照的に、昼間のサンサルバドルは明るかった。日差しも強く、道行く人も陽気だった。僕が想像していたラテンアメリカそのものだった。人々は親切で道を聞くと丁寧に丁寧に教えてくれた。外国人が珍しいのかバスに乗ると乗客が一斉にこっちを見た。ここまでの純粋さはメキシコにはなかった。バスターミナルや長距離バスの車体もメキシコと違ってボロボロだった。にもかかわらず、バスの装飾は異常に派手だった。メキシコよりも全体的ににぎやかで、すべてが汚い。僕はようやく中米に入国したことを実感した。

****

ボロボロのバスに揺られながら、メタパンという田舎町に向かった。

TOP      NEXT


inserted by FC2 system