RAKUIE三軒茶屋



〜RAKUIE三軒茶屋〜

1月、オークハウス大塚のクローズに伴い、チェックアウトし新しいゲストハウスに引っ越した。

RAKUIE三軒茶屋

まず、今まで人数の少なかったオークハウス大塚に慣れてきた分、人数の多さと男女共用であることに戸惑った。三茶というお洒落な街にも戸惑った。明らかに自分には似つかわしくない街である。そしてRAKUIEは今までと違いみんな若い。オークハウス大塚が平均年齢が40を越えていたのに対し、ここは平均年齢が20代前半である。あきらかに雰囲気が違う。男女がわきあいあいとしていてさながらあいのりのようである。連絡ノートがありイベントの企画みたいなこともやっている。頻繁に飲み会もやっているようだった。建物も異常に綺麗である。この雰囲気に自分は溶け込めるのだろうか?オーク大塚のラウンジにあったあのボロボロのソファーが懐かしい。

だが、そんな心配は杞憂に終わった。そんなに心から話せる人はいなかったが、生活に支障がない程度に表面的な話をするようになっていた。




3月11日。東日本大震災が起こった。仕事場にいたから気付かなかったけれど家に帰ってきてテレビをみて悲惨な状況を目の当たりにした。こんなことってあるんだなって本当に思った。とりあえずミクシィやフェイスブックを使い、友達の安否を確認した。そして家族の無事も確認した。
地震・津波・原発・・・大きな問題がどんどんと起こっている。放射能が漏れて関東全域が危ないといううわさも飛び交っている。日本から逃げ出した方がいいんじゃないって何人かから言われた。でも、ベルサイユの薔薇でオスカルも言ってたけど、こんなことでこの国から逃げ出すくらいならこの国の国民として死を選ぶ。
そして海外の友達からメールが何通も来てた。日本の地震を本当に心配してくれていることに涙がでそうになるくらい嬉しかった。世界中の 人たちが日本の為に募金をして日本人の安否を気遣ってくれていた。世界各地でチャリティーイベントも起こっている。日本はこんな素晴らしい国なのだと思った。こんなに世界中の人から心配される国なんだ。今までちょっとだけ日本と日本人に幻滅していた部分もあったけれど、日本という国を見 直した。
そして、日本人に対しての見方も変わった。いつも他人に対して無関心で冷めている国民だと思っていたけれど今回の地震で日本人の温かさを 知った。助け合う。いま自分に出来ることをする。日本が一つになっている気がした。これだけの大惨事が起きても冷静に対処している。暴動も略奪も起きな い。GDP何位とか関係ない。本当にすごい国だと思う。 自分に出来ることは少ない。とりあえず少額を募金し、被災地の人たちの安否を祈る。






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4月になり、近くの八百屋でアルバイトをすることになった。またWワークであるが今までと違い毎日入るわけではなくそんなに稼げない。とりあえず体力の限界を見定めて自分の出来る範囲でお金を貯めていく。

だが、やはりほぼ週1の休みでずっと働いていると体力がなくなる。自分の体力のなさに愕然とする。

「ネガティブは出て行け。口をついて出てくる言葉が生き方を変える。」
Youtubeで見たボブマーリーの名言を思い出した。

そう、常にネガティブは頭の中から排除する。なかなかネガティブが頭から離れないこともあるけれど常に「自分は運がいい」と思い続ける。「楽観主義は気分によるものだが悲観主義は意思によるものだ」というアランの名言もある。自分の意思によってあえて頭の中をポジティブにもって行く。


こんな思いの中、ある一つのことがきっかけで、この家の中で、親友に出会うこととなった。

ある日のこと、僕は普段通り仕事に行った。そこからすべては始まった。

その日はWワークでかなり疲れていた。午前の八百屋のバイトを終え、お客さま相談センターの仕事へ行った。仕事面での待遇において、差別を受けていることを何気ない会話の中で知った。いや、すでに知っていたがリアルに思い知らされた。悔しかった。つらかった。

この表現できない感情を胸に抱きながら、家に帰った。ハウスの中では生活に支障がない程度に離してはいるものの基本的に距離を置いていた。一緒に暮らす以上あんまり自分の感情を出さないようにしようって思っている。でもこの日は疲れてた。疲れると感情が不安定になり、人と話したくなる癖がある。部屋に戻る途中、二階の共通パソコンのところに彼女はいた。たまたまそこにいた事で、ちょっとだけよくわからない自分の負の感情を彼女にはなした。名前はYという。

そこから、、、、おそらく三言くらいだろう。すぐに意気投合した。感覚がお互い似ている部分が多く、そのままずっと話してた。彼女の頭の良さ、 冷静な判断力、自分にはない芯の強さ、話を聞いている中でどんどんと自分の好奇心を満たしてくれるものを沢山持っていた。




数日後、珍しく朝早く起きた。なんでかはわからない。あきらかに睡眠不足だ。

Yもラウンジにいた。話をしているうちに、外に行こうということになった。どこへ行こうかとお互い気を使いながら、世田谷公園で桜を見ることにした。

風が強かった。強い風を浴びながら小高い丘の上で桜を見た。そして互いの考え方、生き方を語った。夢を語り合っているのは楽しかった。人生がどうなるかわからないギャンブルの中で二人とも不安になりながらも一生懸命模索している。夢を追っている。

世田谷公園

夢を追ってもその先には何があるか分からない。何もないかもしれない。それでも自分と戦いながら頑張っていこうと話し合った。これからそれぞれの道で色々とあるだろう。楽しいこともそうでないことも。でもその中でも自分がこの道でやってきてよかったと思える日が絶対にやってくる。そういう希望に溢れた話をしていて、自分自身の中にあるネガティブな感情はいつのまにやらどこかに行った。

色々と不満はある。時々嫌になることもある。でも、自分も彼女もこの道に於いて、だれも助けてはくれない。自分で起こした行動は自分で責任を取らなければならない。でもその分、他人から与えられたものではない自分の力で勝ちとった何物にも代えがたい物を手に入れるだろう。それは目に見えないかもしれない。人によっては何も価値はないかもしれない。でも、それは確実に人生を豊かにするだろう。

彼女を応援している。いつかいろんな経験をした後で語り会ったら本当に楽しいだろう。そんなことを考えながらずっとわくわくしていた。


それからはYと話す機会が多くなった。よく夜中に二人でコーヒーを飲みながらリビングで話した。

話せば話すほど波長が合う。彼女は学者であり、教育者である。海外に興味を持っている。いつか長期で海外に出たいと思っている。色んな夢を持っている人間だ。そして世の中のことを考えている人間だ。考えが合うことに加えて話を聞いていて勉強になる部分が沢山ある。彼女との話は話というよりは議論に近い。色んなことに対してそれぞれの考え方を話し合って意見交換をするのである。周りから見れば訳の分からない話に聞こえなくもない。でも、そんな議論をするのは何よりも楽しかった。

ある日、Yとキャロットタワーへ行った。自分にとって三軒茶屋は似つかわしくないと思っていたが、段々似合っていると思うようになってきた。
二人で最上階の展望台に上り、東京タワーの見えるレストランに行った。ここで様々な話をして、恋人という関係にはならないと決めた。彼女のことは好きだけど、旅のほうが好き。自分の中で結論は決まっていた。旅に集中したい。もちろん彼女には彼女の事情もある。それを邪魔できない。お互いが夢を叶えた後に再開したらどんな気分になるのだろうというようなことを何時間も語っていた。




Yと話すのと平行して、ハウスの中でも4月、5月くらいから何人もの人と話すようになっていった。仕事・恋愛・夢・・色々なことを何時間も何時間も話した。気づいたら朝になっていたこともある。なんでこんなに楽しいのだろう?このハウスがかもし出している空気が心をわくわくさせている。本気で話すのは全員女性なのはいつものこと。いつも男より女友達が多くなる。その自分の特性はやっぱり変わらない。
やっと開いた。今、僕は自分の心の扉を開いている。この思いでは一生忘れないだろう。


6月にちょうど契約も切れる。ちょうどいいタイミングで仕事を辞めて旅に出ようと思った。だが、その旨告げたところ、会社は夏が繁忙期。もう1契約分、つまり7月8月9月は働いて欲しいとの要請があった。

9月、、あと数ヶ月ある。また延長されてしまった。

でも、もうすぐ終わる。やっとゴールが見えた。もうすこし。いつも一つの時代が終わる時、ZARDの負けないでを聞くようにしている。いつもいつももうすぐもうすぐって言ってきた。でも本当にもうすぐ、もうすぐお金が貯まる。そして南米に旅立つ。世界一周になるのか南米で終わってしまうのかは分からない。あくまでノープランで行こうと決めた。

帰国してから色々と考えた。悩んで悩んで悩みぬいた。絶対に南米に行こう、行きたいとかいかなきゃとかじゃない。行く。出発日も決めた。9月。また延長されてしまったけどそれはしょうがない。やることが大きい。前回のインドの旅の数倍の資金と期間を要する大きな仕事になりそうだ。留学やボランティアやコミュニティーとか旅の中での企画も考えた。準備は整った。後はこの日本での生活を満喫してお金と時間と自分の持てる全てを使って最高のあのインドを超えるくらいの人生のビッグイベントにしよう。

これから夏の憂鬱を迎える。去年もこんなことはないと言い張っていたのにやっぱりやってきた夏の憂鬱。あと1ヶ月くらいで始まる。でも今年は去年とは違う。必ず乗り越える。そして強くなる。去年もそうだった。人は傷つく度に強くなりそして優しくなる。

さぁ、迎えよう。夏の憂鬱を。それが終わった後、僕は旅に出る。

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