北アイルランド/ベルファスト





~フェアリーストーリー~

僕は空港泊のあと数日間リバプールで宿に泊まった。だが、何かとテンパっている内に時間は過ぎ、たいして観光もできないままベルファスト出発の日となった。

リバプールの街から雨の中港に向かい、アイルランド島のベルファストにいく船に乗った。入り口に行くと仮チケットを見せる前から自分の名前が書かれた本チケットを渡された。LCCが発展している世の中で船に乗る人も少ないのか、ただ単純にこんな寒い季節に誰も船に乗りたがらないのかは分からなかった。

船の中は温かかった。レストランや映画館があり、WIFIも繋がった。僕は船の中を子供のようにうろうろと歩き回っていた。外に出て旅をしている風情に浸りたかったが異常に寒く、雲が多いため、旅している感じは全くでず、しかも長時間は外に出ていられなかった。

朝早く起きたせいか、眠くなってきた。僕は前日目覚まし時計をなくしたことに気づき、ネットでパソコン上の目覚まし時計ソフトをダウンロードしていて眠るのが夜中3時くらいになっていた。結局4時間くらいしか寝ていない。WIFIも弱くネットもあまり繋がらないこともあって僕はバックパックを枕にして船の真ん中の休憩所のような所で数時間眠った。

気がついたら日は暮れていた。もう一度外に出ると若干天気はよくなり、同じ連合王国とはいえ船で他国に渡るという旅感がようやく出てきた。何が起こるかわからない、むしろ何も起こらないかもしれない、事前情報皆無、マニアックな国北アイルランドの入国を待っていた。

ベルファスト行きの船

ベルファストに着いたときは完全に暗くなっていた。僕は情報皆無で事前にホステルブッカーズで予約した宿の住所をメモしたノートだけを頼りにシティセンターに向かった。だが、港のあたりには 何もなく、人もいなかった。多少怖かったが、もうこういう怖さには慣れている自分がいた。僕は何にも気にせずなんとなくの方向に歩き始めた。

だが、歩いても歩いても人はおらずただ寒々しい空の下暗い道が続いているだけだった。この先の道が正しいのか間違えているのかもわからない。僕は誰もいない物流センターのような場所を40分ほど歩いた。バックパックは重く肩が痛くなってきた。

ベルファスト

さらにしばらく歩くと、車の音が聞こえた。国道が近くにあるようだった。とりあえずその音を頼りに国道に出て車道の端っこを歩いた。恐らく多くの車が走っている先が宿のあるシティセンターなのだろうと勝手に予想した。

20分ほどするとショッピングセンターが見えた。日本でも地方都市によくみられるジャスコやダイエーのような場所にあるサブウェイに入り夕食をとった。こんな日本にほとんど情報が入ってこない北アイルランドという異国なのに自分が生まれた土地を思い出した。ベルファストはただの地方都市にしか見えなかった。

中に入り3ポンドでたいして美味しくもないパンを食べ、店員に道を聞いた。近くに電車の駅があり、シティホスピタルという駅で降りれば宿が近いということを若い女の店員は教えてくれた。

僕は言われたとおりに電車に乗り、シティホスピタル駅で降りて道を聞きながら宿にたどり着いた。宿は工事中で寒く、雰囲気も悪かったがドミトリーに一人というだけで僕は幸せだった。久しぶりの部屋での一人が嬉しく、ぐっすりと眠った。



僕はこの北アイルランドに英国本場の英語を学びに来た。連合王国のクイーンズイングリッシュを話す人々が住んでいるところで、なおかつ北アイルランドというエキゾチックな場所で英語を独学で勉強しようと考えていた。

英語を勉強する上で一番大切なこと。これは僕が10年来英語というものを忘れられなかった中でもっとも大切なことでもある。それは「頑張らない」ということだった。

英語を勉強しようとするとわからなくてストレスになる。聞こえなくて、単語がわからなくて、読めなくて、うまく話せなくて、ストレスになる。そのストレスが嫌になりやめてしまう。それが僕が昔から英語を勉強していてようやく掴んだ一つの感覚だった。

何が「できない」ではなく何が「出来るようになったか」という考え方。減算方式ではなく加算方式で考えること。これは英語の勉強に限らずすべてにおいて重要なことであった。僕は意気込まずに一つ一つを地道に勉強しようと考えた。別にテストがあるわけではない。一つ一つを楽しんでやることでいつのまにかうまくいくこと。スペイン語のときと同じようにやろうと思った。スペイン語も色々と悩んだが結局は頑張ってない。だが、僕はスペイン語を使って最高の思い出を作り、最高の友達がたくさんいて、今でも全く問題なくスペイン語で連絡を取っている。この事実は僕の語学に対する自信となっていた。

技術的にも勉強の仕方は知っていた。英語には読む、聞く、喋るの要素がある。その3つの要素を伸ばすために何をすべきかは完璧に掴んでいた。あとはやるだけ。英語理論だけは完璧。あとはどれだけ怠けずに、粘り強く続けるか、頑張らないで力を抜いて加算方式で勉強を楽しめるかだけだった。

2日間、僕はダラダラと宿で英語の勉強をしていた。途中クレジットカードのトラブルもあって家族とスカイプで話したりして英語漬けというわけにはいかなかったが、それはそれでまぁいいやと思っていた。

BBCの英語学習をはじめとするいくつかの英語学習サイトを使って「聞く」⇒「何を言っているか予想する」⇒「もう一回スクリプトを見ながら聞く」⇒「文章を読んで単語を調べる」⇒「完璧に理解した状態でもう一度スクリプトを見ながら聞く」⇒「完璧に理解した状態でスクリプトを見ずに聞く」

これだけを繰り返した。これで単語をノートにまとめてあとで覚えるということもダラダラとやっていた。

だが、「話す」ということだけは相手がいなければなりたたない。僕はロンドン・リバプールにいたときにカウチサーフィンを全力で使っていた。今度は家に泊まるためではなく友達になりたいという名目でいろんな人に話しかけ、ベルファストに着いたら会おうという約束を何人かとしていた。

・・・偶然にもヨハネスというアジア系ドイツ人は向こうから「数日間ならうちに泊まってもいいぞ」と言ってきた。僕は彼の好意に甘え泊まることにした。彼とフェイスブックで連絡を取り、KAVE-Cafeという場所で待ち合わせをした。

僕は宿から彼が送ってくれた住所を頼りにこのカフェに向かった。ベルファストのシティセンターは北欧のようなドイツのような繊細で歴史のある教会やカテドラルが多かった。イタリアともフランスともイングランドとも明らかに違っていた。僕はこの中世ヨーロッパのフェアリーストーリーのような場所に自分が存在しているということだけで笑顔になれた。クリスマスが近くなってきてクリスマスツリーやクリスマスマーケットがそれを助長させる。寒さすら助長させる。本当にサンタクロースがいてもおかしくない、サンタクロースが似合う本場のヨーロッパのクリスマス。ロマンチックでキュートで幻想的なヨーロッパ。ヨーロッパが好きで好きでたまらない自分の性格とベルファストは確実にマッチングしていた。

ベルファスト

KAVE-Cafeに着き、ヨハネスと握手をして挨拶をした。一目見ただけで彼はいい人だというのがわかった。KAVE-Cafeでハーバルティーを飲みながら彼としばらく話した。彼はドイツ人でベルファストのコールセンターで働いていて、ギリシャ人と部屋をシェアしているということだった。日本のクォーターで自分に日本の血が入っているという理由だけで日本が大好きで日本人である僕をなんの躊躇もなく家に泊めてくれようとしていた。

この日はすでに宿に泊まっていたため彼の家には行かなかったが、彼の友達の家にいき、酒を飲んでユーチューブを見ていた。みんな彼の友達であった。さまざまなヨーロッパの国から来ている人たちと話すというのが僕にとっては幸せだった。英語というものはこういうときのために存在していると思うと、僕は英国に着てよかったと本気で思えた。

あくまでも英語の勉強は手段だった。僕は英語を使って自分の旅を楽しみ、自分の教養を高めることを目的としていた。数字で図ることができない、そして目的が達成されたかどうかもまったくわからない。いつも同じだった。でも、スペイン語と同じようにテストがあるような留学生のカテゴリではなく、あくまで旅人としてのカテゴリで英語を勉強したかった。

あくまでも優先させるべきは人との交流だった。僕はベルファストというフェアリーストーリーのようなヨーロッパの古都で、幸先のいいスタートを切った。

TOP      NEXT


inserted by FC2 system