北アイルランドの暴動





〜ライオット〜

日本人の若い女の子と別れた後、僕は宿を変えた。新しい宿は南のクイーンズスクウェアから北のベルファストカテドラルの近くにあり、どちらかといえばヨハネスの家の方角だった。

新しい宿は6.5ポンドと、ファックな宿とそこまで値段は変わらなかったが、あの宿よりはマシだった。部屋は汚く暗く、20人くらいははいるドミトリーだったが、ほとんど人はいなかった。ラウンジは汚くはなく、何よりも一応暖房があって温かかった。とはいえ、日本の暖房設備に比べればありえないほど寒くここの人たちの寒さに対する感覚がまったく自分とは違っていることに不思議な感覚を覚えた。

もはや気温が低すぎて外に出れる状態ではなかった。天気も悪かった。僕は宿でダラダラと英語を勉強していた。宿では話が出来そうな人もいなかったため僕はネットを使って地味に英単語を覚えたり、英語のリスニング練習をしたり、BBCのやっている6ミニッツイングリッシュをを勉強したりしていた。

スペイン語のようにほとんど0から始めたわけではないので英語を理解できる日と理解できない日が出てくる。人と話すときも同じだった。あるときはベラベラと流暢に話せているのにあるときはまったく話せず相手が何を言っているか分からないときもある。スペイン語は何も出来なかった分、出来るようになったことがすぐに分かるが、英語はすでに慣れている状態からの勉強であるため、出来るようになったかどうかが分からない。テストをやっているわけではないので図ることも出来ない。これが今までいつもやる気を削いできた要因だった。

だが、今はそんなことすらもどうでもよくなっていた。ただ、日本語を読むように英語を読んで、日本語を話すように英語を話し、日本語を聞くように英語を聞くという、生活の中に英語を溶け込ませることが重要だった。僕は勉強と言いながら英単語を覚えるというテスト的な「勉強」よりもその英語を通じて話していることを知ることを優先させた。かねてから好きだったスティーブジョブズの講演をじっくりと聞き、辞書を使いながら訳してまた聞いてを繰り返した。あの言葉を少しでも英語のまま理解できたことに喜びを感じた。これは去年、チェ・ゲバラの演説を少しでもスペイン語で理解できた喜びに似ていた。

英語はいつまで経っても出来るようにはならない。いつまで経っても辞書を引き、聞き取れない。それをごまかしながら相手と会話し、自分の意思をボディランゲッジや文法的に間違えた表現で伝える。だが、それでも十分にコミュニケーションは成り立つということを、ここベルファストで学んだ。

頭の中を全部英語に変えなければいけないとよく言われるが、それはこのネットが蔓延っている世の中で、また意思の弱い自分にとっては不可能なことだった。僕は一生辞書を引き、英語が出来るのか出来ないのか微妙な状態のままなのだろうと思ったが、それはそれで何の問題があるのだろうと開き直った。この開き直りにたどり着くまでに10年の年月を要した。

数日間はあっという間に時間は経過した。僕はかねてから約束していたカウチサーフィンのホストと待ち合わせをするためにシティホールに向かった。この西洋の大聖堂のような建物は誰もが知っているため、待ち合わせするには最適な場所だった。

ベルファストのシティホール

フランス人マルジョリーエとアリスは15分ほど遅れてやってきた。僕は彼女らとベシートをし、お互い慣れない英語で会話をした。彼女らは「遅れてごめんね」と焦った様子で言っていた。

「今とてもデンジャラスな状態で、あそこでライオットがあってたくさんの人が来て警察も来て・・・」

彼女がたどたどしい英語でこういった時、僕はライオットという単語を知らなかった。だが、警察が来ているということで酔っ払いがケンカしているのか、何なのかよくわからなかったが、とりあえず「デンジャラス」であるということだけは分かった。とりあえず彼女の家に向かうためシティホールからクイーンズユニバーシティーの方角に歩いた。ファックな宿と同じ方角だった。

途中の道で警官隊が重装備で何かと戦っていた。車は燃え、多くの人々が大きな声で何かを言っていた。

ライオット・・・恐らくこれは、、、暴動?

ようやくこの単語の意味が分かった。反政府の暴動が起こっていて警官隊が出動しているということを彼女は言いたいようだった。僕はこのフランス人と一緒に遠回りしながら彼女らの家に向かった。彼女らの家はこの暴動と同じ通りにあったが距離があったため家の周辺は静かだった。

ベルファストの暴動

この暴動のせいで外に出ることは出来なくなった。僕らは家の中でゲームをしながらコニャックを飲んでいた。僕はいつものように酔っ払い、楽しんでいた。彼女らは気を遣ってフランス人同士でも英語で話そうとしてくれたが、僕は気にせずフランス語で話して欲しいといった。日本人同士で英語を話すのが何故か恥ずかしくなるのと同じようにフランス人同士で英語を話すのもなんか変な感じがするのだろうというのは簡単に予想できた。それに、僕は彼女らの話すフランス語の音自体に魅力を感じていた。英語の練習をするなら英語で話してもらった方がいいけれど、自分が全く理解できないにもかかわらず彼女らの話すフランス語を聞いていた。リアルマリーアントワネットのような優雅な世界が近くにあり、僕はまた頭の中にラマルセイエーズが流れ出した。

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