イギリスの入国審査





~罰金と別室~

「デュッセルドルフのヴェーツェ国際空港は以前、デュッセルドルフヴェーツェ国際空港という空港名を使用していたが、都心部からあまりに遠いためその名前を使っていることに裁判を起こされた」とウィキペディアに書いてあった。

僕はシェンゲン協定圏のオーバーステイを回避するため、治験が行われない数日間を利用してロンドンに向かっていた。この4日間シェンゲン協定圏外に出て、治験が終わる日にまたシェンゲン協定外に出ればギリギリ90日の滞在になる。何も考えずにヨーロッパにいたが、計算すると4日間だけ抜ければいいということ、ちょうど治験が4日間空いたことはラッキーとしかいいようがなかった。

だが、すでに一度行っていてなおかつ物価が異常に高いあの街に行くことは気が進まなかった。シェンゲン協定など滅びてしまえばいいとすら思いながらデュッセルドルフ中央駅のトラムを待っていた。

ロンドンはまず空港から市内に行くまでの交通費が異常に高い。僕はすでにスタンステッド空港からヴィクトリア駅に向かうチケットをネットで買っていた。それだけでも往復15ポンド。ユーロと同じようにポンドもこの数ヶ月でかなりレートがあがっていた。

そしてデュッセルドルフ駅からヴェーツェ国際空港までのバスが往復28ユーロ。これは航空券よりも高い値段だった。飛行機の値段よりも空港に行くバスの値段の方が高いというヨーロッパでしか出来ない冗談のようなことが本当に起こっていた。

病院からデュッセルドルフ中央駅に行くトラムにも当然お金がかかる。ここは本来5ユーロの区間だったが2.5ユーロのチケットを買った。見つかるはずがないと確信していた。ドイツのトラムや電車はチケットを買い、時刻と駅を打刻しそれを時々来る検査官に見せるという形になっている。つまり、検査官が来なければ無賃乗車が可能であり、万が一見つかれば罰金という制度を採っている。

2.5ユーロのチケットを持ってトラムに乗り、打刻せずに椅子に座ると見知らぬ男が突然パスポートを見せろとやってきた。僕はやばいと思い即座に打刻をしようとしたが遅かった。僕がパスポートを渡すと彼は僕に罰金40ユーロを払うように命じた。僕はシステムを知らなかったと言い張ったが、パスポートを取られていたことは致命的だった。

「システムが分からなかったんだからしょうがないだろ」と何度も何度も言ったが、彼は「じゃあ警察に行くぞ」と言った。時間に余裕があれば警察に行って「システムを知らなかった」と言い張るつもりだったが、今日のフライトに間に合わないわけにはいかなかった。

もうどうしようもなかった。結局10分ほどの小競り合いの後僕は罰金40ユーロを払い、罰金のレシートとパスポートをもらい、イライラしながらデュッセルドルフ中央駅に向かった。

そこからさらに14ユーロ払って遠い遠いヴェーツェ国際空港に向かった。

このイミグレで出国のスタンプを押されれば別にイギリスに入国できなくてもいい、4日間分シェンゲン協定から出ていればなんでもいいとさえ思った。イミグレを渡ったあとに自国のパスポートが失効され、どこの国かわからない空港で暮らすという「ターミナル」という映画を思い出した。

眠っていたらスタンステッドにはすぐに到着した。

ロンドンはアジア人に対して入国審査が厳しい場所であった。しかも短期間での2回目のイギリス入国。まさか入国拒否されることはないだろうとは思いながらもちょっとだけ緊張した。別に入国できないのはかまわないが、当日ドイツに戻されるとなるとシェンゲン圏オーバーステイが確実になる。ターミナルで4日間過ごさせてくれるのなら問題ないが、そんなことをさせてくれるとは考えにくい。恐らく入国拒否された人は即刻帰らされるだろうというのは簡単に予想できた。

「何故2回もイギリスに入国するのか?」
「職業は?」
「どれくらいのお金を持っているか?」
「これまでどういう日程で旅行してきたか?」
「宿の予約表は持っているか?」
「どうやって旅費を稼いだか?」
「クレジットカードの支払い能力を証明するものはあるか?」
「いつ旅行を始めていつ日本に帰るか?」
「次はどこの国へ行くか?」
「シェンゲン協定を知っているか?」
「日本に帰るチケットは持っているか?」

・・・・これだけの質問をされたのはイスラエル以外ではここが初めてだった。僕は自分がステューデントだと嘘をつき、休学してヨーロッパとラテンアメリカを周り、4日間だけイギリス観光に来た初々しい学生を演じながら質問に答えていった。強盗にパスポートを盗られたためスタンプの数が少ないことが幸いした。

「ペルーから入国した。今までの旅行期間は5ヶ月くらい、イギリスからドイツに帰って、そこからイスタンブールに渡りそこから日本に帰る。ドイツは多分2,3日、イスタンブールは1,2週間くらい滞在する。まだチケットは買っていない。まだ安いチケットが売っていないから。このお金はアルバイトで貯めた、親にもちょっとだけ補助してもらった。」、、、、と嘘を並べ、さらに「なんでこんなにたくさん質問されるのだろう?」という不安げな顔を見せる振りをすることで、学生らしさを演出した。

1年3ヶ月も旅行をしていて、無職で、日本にいつ帰るかわからなくて、お金が尽きそうだからドイツで治験をしているなどと本当のことを話したら即入国拒否になるだろう。

次々と入国する欧米人とは対照的に、入国審査官は「日本に帰るチケットを持っていない」ということと「クレジットカードの支払い能力が証明できない」という理由から僕を別室に連れて行った。そこで別の審査官にこれまでと同じような質問をされ、かばんを開けられ、荷物をすべて検査された。審査官は持っていた本をペラペラとめくりながら一ページ一ページ念入りに検査をしていた。

検査が終わり検査官はパスポートに入国許可のスタンプを押した。

「このスタンプは特別で次に君がイギリスに来たときにクレジットカードの支払いを証明できる書類と日本に帰るチケットがなければ入国できないようになっているから次に英国に来るときは気をつけるように」と厳しい顔で言った。

僕は「It's ok.」と言った。その言葉の背後には「Because I will never come here in my life」という言葉が隠されていた。

TOP      NEXT


inserted by FC2 system