~人間の欲望を完璧に満たした後~

頭が爆発する日の前日、僕は治験が一緒だった方と一緒にご飯を食べることになった。アップルストアで待ち合わせをして、グリーンハウスに行った。ここでジュースを飲みながらタバコを吸った。3人ともこのタバコが好きだった。

彼は何もかもを吹っ切った、健やかでさわやかな顔をしていた。彼は旅をやめて家に帰るため治験のお金は今使ってもいいと言い、寿司をおごってくれた。

僕らはアムステルダムの寿司屋へ行った。ちょっとお洒落な、代官山にありそうな寿司バーと言った感じの店。僕らはここでハイネケンを飲んだ。オランダ名物ハイネケンは、どういうわけかいつもより数倍も、下手したら数十倍も美味しかった。シュワっという感覚が舌に、そして胃に伝わる。ゴクっという感覚が、胃に流れ込む感覚まで感じることができる。

寿司がくる。僕はわさび醤油の味が今までの人生で一番美味しいと感じた。舌にしみこむ。魚の味が、ご飯の味が一つ一つかみ締められる。喉から胃に来る感覚までよくわかる。10分ほどすると彼は日本酒を頼んだ。寿司と日本酒。僕は無我夢中になって食べた。3人とも無言で寿司を堪能した。

帰りにはワッフルを食べた。生クリームが乗っているワッフル。3ユーロ。こんなに甘くて美味しいワッフルは食べたことがない。

今まで味わったことがないすさまじい美味しさだった。

次の日も(気持ち悪くなって頭が爆発した日)また3人でご飯を一緒に食べることになった。彼はまた奢るといってくれた。申し訳なく思い一度は断ったが気にしないでいいということだったので、僕は好意に甘えることにした。

今度はイタリアン。今までの人生で見たことがないようなステーキやロブスター、スープ。そしてデザート、、、、肉汁が舌の中をうごめく感覚がわかる。ロブスターの身はぷりんぷんとしていて味が濃い。デザートのチーズケーキで僕は完璧に満足した。僕らはまた事前にカフェで一服していたためか、異常に美味しく感じられた。

また、次の日は飾り窓と言う赤く光るネオンで僕は欲望を満たした。奇跡的な場所だった。僕は人生最大といっていいほど(物理的に考えるならば人生最大に)男として、つかの間の幸せをつかんだ。

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結局僕はこの3日間、金額にしたら3万円以上の贅沢をした。これまでの人生でここまでの贅沢をしたことはなかった。感覚が鋭くなっている中、美味しいお酒を飲んで一流の物を食べて、今までの人生で見たことがないようなヨーロッパ美人のいる部屋に行った。

僕にとって、地球上のすべての男にとって、最高峰の贅沢。すべての欲望は満たされ、そして僕は完璧に満足をした。僕はある意味では幸せだった。

このオランダのこのネオン、歓楽街、高級レストラン、イルミネーション輝く赤レンガのヨーロッパ建築、アムステルダムにしかないカフェは僕を徐々に、やさしく引き込んでくれ、そしてとりこにしてくれた。お金があればこの街にずっといたいと一瞬だけ思った。

だが、お金があってこの街にずっといたら、自分が廃人になると考えると絶対にお金を持ってこの街にいたくないと思った。そして幸か不幸か、お金を持つことは一生ない身である自分はそんな心配をする必要もなかった。

欲望は、、、、どこまでも続いてどこまでも満たされなくなる。そしてそこにストレスがたまっていく。僕はそれをインドで知った。「足るを知れ」と習った。どこかで自分の意志でとめなければならない。

・・・くろきくんはフランクフルト行きのバスに乗り、インドに向かった。彼は最後に、若干弱気なことをいった。結局はみんな弱い人間でみんなちょっとした冒険をしているだけなのかもしれない。僕はくろきくんと別れた次の日、カウチサーフィンで出会ったアルジェリア人とビールを飲みに行った。クロケットと生肉でビールを飲み、その後卓球バーに連れて行ってもらい、卓球を楽しんだ。タバコみたいなものは吸わなかった。

そして最後の日、一人でアムステルダムにしかないカフェでタバコを吸い、そして飾り窓に行った。最後にしようと思った。お金があればこの街は楽しいかと思ったけれど、普通にお金がなかったし、なによりも、なによりも、僕は欲望を満たすということが似合わない人間だった。物理的にも、精神的にも僕は欲を満たしたところで満足しない。それよりも、質素な暮らしをして質素に生きることが一番幸せなんだ。物理的にだけじゃなくて、哲学的な精神的満足も僕には必要ない。それなら僕は普通に心に傷を負いながら生きていこう。

「僕は幸運だった。お金がないから欲望を途中でとめざるを得なかったからだ。お金があればこんな意志の弱い人間は、永遠に欲望を満たせないまま一生を終えるだろう。不幸な人生だ。そんな不幸な人生になるならば、それはそれでいいだろう。神様は僕にそういう一節を選んだ。」

「お金は必要だ。そして、、、お金がほしい。
だが、僕はお金より人との関係のほうが重要だ、そのどちらかを選ばざるを得ないとき、僕は後者を躊躇なく選ぶ。」

そう思えたときの空は青かった。レッドライトディストリクトから宿に帰るときの空は青かった。

宿につき部屋にいると、頭がぼーっとしてきた。耳を澄ませば電車の音が聞こえる。なんでだろう?と思いながら僕はなんでなのかよくわかっていた。







いつの間にか普通の状態に戻り、考えた。

「僕はもうこの街にくることはないだろう。でも人生に行き詰ったり、考え込んだらこの街に来るのもいいかもしれない。もし、次にこのネオンの光る欲望の街に来るとしたら、また同じように、お金がない状態で、自分に強制的な自制を効かせられる状態で、なるべく普通から近い状態のトラベルがしたい。」

僕はヨーロッパという夢の中でさらに夢を見ていた。トラベルの中でトラベルをしていた。それは本当に素敵なトラベルだった。

夢から覚めた。いつものように現地人と連絡を取り、宿の予約を取り、安く切り上げようと作戦を練るいつもの生活が始まった。

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