ベルギー。フランダースの犬の舞台アントワープ





~フランダースの犬~

僕はいつもの生活に戻った。

現地人とネットで知り合い、その人と出会うというやり方はいつの間にか僕の習慣となっていた。僕はアルジェリア人の友達といつの日だったかネットで知り合い、相当仲良くなっていた。

僕は最初彼女はフランス人だと思っていたが会話をしていく中でイスラムの言葉が多用され、話を聞くと彼女の家族は一時的にフランスに移住しているということだった。僕はカミユの「今日ママンが死んだ」という一節から始まる異邦人という小説を思い出した。あの小説もアルジェリアからフランスの移民の話だった。

知り合ったころ、彼女はフランスに住んでいたので簡単に会えるかと思っていたが、いつの間にか彼女はアルジェリアに帰っていた。僕はアルジェリアビザの取得は難しいという話をどこかで聞いて知っていたので、彼女に「アルジェリアへは行けない」と言った。

だが、彼女は「パパならきっとなんとかしてくれるわ」といい、インビテーションカードを送ってくれることになっていた。このインビテーションカードがあればアルジェリアビザは簡単に取れると彼女は言った。

そんな中、僕が治験を受けているとき、アルジェリア人質事件が起こった。アルジェリア南部で日本人を含む外国人が多数テロリストに殺された。僕はこの話を聞いても、アルジェリアに行くのが怖いとは思わなかった。もちろん危ないかもしれないが、実際アルジェリアの首都や都市部で同じようなことが起きるというのは想像できなかったし、いまさら危ないなどと言っていられない。

危ないか危なくないかの判断は自分でできる。自分で判断した結果、アルジェリアの首都アルジェは危なくないと判断した。

だが、ビザが余計に難しくなったという事実はあった。ネットで調べてみても、パリでアルジェリアビザを取るのはかなり難しいそうだった。「日本で取れ」といわれて帰らされるという話しかネットに載っていなかった。

僕は彼女のお父さんが送ってくれるインビテーションカードを当てにしていた。もう数ヶ月前からこういった話をしていた。お父さんはデュッセルドルフの日本大使館に郵送してくれたようだが、大使館に連絡しても一向に「届いていない」と言われるばかりだった。

それから、彼女はデュッセルドルフに住んでいる叔父さんのところにインビテーションカードをファックスすると言っていたが突然パリの友達のところにファックスするからパリについたら連絡してほしいと言った。

だが、それも結局僕がイスラム教徒でないから友達は協力できないという話になったらしく、結局、僕はアムステルダムでファックスを送ってもらうことにした。

ファックスは一向に送られてこない。僕はイライラとしながら彼女とやり取りをし、結局アムステルダムでインビテーションカードを受け取れないままベルギーに移動することになった。パリは物価が高く、あまり長く滞在はできないということはわかっていた。パリは最高に安くても15ユーロ。普通に20ユーロ以上する。アベノミクスの影響で円は急激に下がった。

もし、パリについてからファックスを受け取り、大使館に申請をして受領まで一週間などといわれたら僕の財政状況は危機的状態になる。それは避けなければならない。そのことを彼女に告げ、送るといっては送らず、大丈夫といっては大丈夫じゃない状態、日本人とは違うアバウトな感覚に苛立ちながらなるべく早く送ってほしいと言った。それは苛立ちというよりはむしろ疲れだった。

彼女に「アルジェリアに行けない」というと彼女は泣きそうになった。いつも女性に泣かれるとどうしていいかわからなくなる僕は、なんとかしていこうとしていたが、彼女のせいでパリでゆっくりできないことが嫌だった。旅行を楽しめず常に先に先に目が行っている感覚に疲れを感じた。

ベルギーのアントワープは12ユーロの宿があった。それでも高かったが、パリに比べればまだましだった。それだけの理由で僕は首都ブリュッセルではなく、フランダースの犬の舞台となったアントワープに移動した。

ホステルワールドで予約した12ユーロの宿にたどり着くと、現地人と付き合って9年すんでいる日本人が働いていた。そのためかわからないが、日本人の長期旅行者もいた。僕は彼にこれから行きそうな国の地球の歩き方のPDFデータをもらい、長期旅行者としての情報交換や旅の話をした。

やはり長期旅行者に違和感を感じる。自分の人間の小ささ故なのか、共通する点もそれなりにあったがやはり全然楽しくない。

「人の話を聞かず、自分の話ばかりする。」これは長期旅行者に共通の点だった。自分もそうなのかもしれない。意識して気を使おうと思った。鉄道オタクが鉄道について嬉々として語っても知らない人には響かない。長期旅行も同じ、世界旅行に興味ない人に世界旅行について嬉々として語ったところで何も響かない。

同じように旅のスタイルが違うことで所謂バックパッカー的長期旅行者の話は僕にまったく響かなかった。同じように自分の話も相手にまったく響かなかった。もはや世界が違う、、、、というよりも僕が数年前に行っていたことをやっている感じがした。

そう思うとちょっと子供のようにかわいくも思えた。

彼と一緒にアントワープを観光し、フランダースの犬の教会を見て、一人でベルギーワッフルを食べて、街をぶらぶらした。

フランダースの犬の教会には日本語で書かれたネロとパトラッシュのモニュメントが置かれていた。あまりストーリーはよく知らないが確かこの教会の前でネロはパトラッシュとともに天に召されたはず。ストーリーに出てくる教会の中のルーベンスの絵画も一応入り口から眺めた。

「パトラッシュ、僕もう疲れたよ。もういいんだ・・・」という台詞は子供のころから印象に残っている。時々自分も同じことを思う。ネロに比べれば幸せな人生を送っているにもかかわらず。

アントワープの教会

ネロとパトラッシュのモニュメント

ドイツからオランダ、ベルギーと来て、教会がだんだんと力強いものから優美なものに変わっていっている。理論的に考えれば一概には言えないけれど確かにその感覚はあった。

アントワープにいる間に僕はなんとかアルジェリアのインビテーションカードをインターネットカフェのファックスに送ってもらった。これでパリのアルジェリア大使館に行けばビザが取れる、、、と彼女は言っている。

ニースに行ってから4ヶ月が経過していた。再度フランスへ、ずっとあこがれていた花の都パリは近い。

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