キューバ旅行記/ホームステイ



〜ホームステイ〜

カーサのリフォームは終わり、ダマリスは新しいツーリストを呼び込んでいた。今までずっと、僕しかツーリストがいなかったが、オランダ人のカップルが別の部屋に入り普通の宿のようになっていた。

僕が共用スペースのいすに座っていると、ダマリスは急に下に行けと言い出した。このスペースはオランダ人のツーリストのスペースとして使わせたいようだった。あの客は食事抜きで20CUCも払っている。僕は食事つきで15CUCしか払っていない。

彼女はリフォームが終わったら急に態度が変わった。僕はイライラしながら抗議した。

「お前、ここまで毎日毎日15CUC払ってきた客に対してこれか?」
「じゃあ他の宿を探せば」
「わかった。じゃあ、一緒にイミグレにいこう。お前アンオフィシャルな宿だったよな?」
「イミグレに行きたかったら勝手に行けば。もう証拠はないし。」

・・そうだ、そういえばオフィシャルな期間しかレシートにサインしていない。

どうしようもない。宿を出ることも考えたがいまさら他の宿に泊まるのは嫌だった。今はハイシーズンのため、確かにここより安い宿はない。そして何よりもここまで仲良くやってきたのである。でもイライラは収まらないのでカルメン婦人のところに行った。彼女から話してもらおうと思った。カルメン婦人に事情を説明していたとき、ダマリスがカルメン婦人のところにやって来た。

僕はカルメン婦人にダマリスの客を大切にしない姿勢が嫌いだと言った。そしたらダマリスは泣き出した。そして「ビジネスでやっているのだからあなたとは別に高いお金を払うお客さんをつれてこないといけない」「あなたが病気だったときにあれだけ看病したのはあなたを大切に思っていないわけがない」というようなことを言った。

カルメン婦人も「あなたが来たときはローシーズンだったから15CUCで泊まれたの、今はハイシーズンだからカーサの料金はあがるわ。それでもローシーズンの時の料金であなたは泊まっているのよ。」「もう何日もダマリスの家族と一緒に暮らしているのだから彼女のビジネスを助けてあげて」というようなこと僕に向かって言い出した。

確かに彼女には色々とお世話になっている。カルメン婦人を紹介してもらい、風邪で倒れたときに薬をもらった。そしてハイシーズンなのに15CUCで食事つきで泊まっている。

「ごめん」と言った。そうしたら彼女は静かに、「あなたはもうツーリストじゃない。私たちの家族みたいなもの」と彼女は言った。

それから、ダマリス一家との中は急激に縮まった。何か具体的なことが変わったわけではないけれど、彼女や彼女の家族が僕に話しかけてくる回数、冗談を言って笑う回数が増えた。オランダ人のツーリストからかなり食事代をボッタくっているのを笑いながら教えてくれたりした。



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もう長いこと毎日毎日家族と一緒にテレビを見て、ご飯を作ってもらい、色んなことを彼女や彼女の家族と話している。冗談を言い合い、怒ったり笑ったりしている。家の近所の人とも毎日のように話し、顔見知りになっている。外を歩いていると声をかけられ、家に呼ばれ一緒にテレビを見る。

思えばカルメン婦人との関係も変わっていった。初めは普通の生徒としてスペイン語の授業をしていたが、徐々に徐々に、キューバや日本の社会事情を話し、自分の家族のことを話し、自分の過去のことを話し、、、、、だんだんと壁はなくなっていった。

いつの間にか授業とは別に彼女の家に遊びに行くようになった。彼女の娘や旦那や孫も僕のことを知るようになり、「またあのハポネスが遊びに来たか」というような感じになっていった。彼女の大学の生徒たちとも交流し、色んな人たちと知り合いになっていった。みんなこの怪しいハポネスを好奇の目で見て面白がっていた。

僕は日本から持ってきた折り紙をカルメン婦人とダマリスの子供にあげた。カルメン婦人は「ありがとう」と言って家族で喜びながらもらってくれたがダマリスは「ありがとう」も言わずにただはしゃぎながら何枚も持っていこうとした。

よく考えればツーリストは現地人と一緒に毎日テレビは見ない。そういえば客引きも来なくなった。僕が何も買わないことを分かってきたのだろう。完全に近所でおなじみのあやしいハポネスである。

そういえばここに来てから「デナーダ(どういたしまして)」というようになった。ここに来るまではグラシアス(ありがとう)しか言っていなかった。

ここでの生活は旅行からホームステイに変わった。こんな国のこんな街に何週間も滞在している外国人など皆無である。ここは観光地であるが2,3日いればすべて見終えることができるただの小さい田舎街なのである。僕はこの街で、髭を生やして汚い格好をしたツーリストでも現地人でもない意味不明なハポネスとしてなぜかスペイン語のアンオフィシャルプライベートレッスンを受けている。

ただ、僕はツーリストより若干安いがそれでもかなり高額の料金をダマリスとカルメン婦人に毎日支払っているということを忘れてはいなかった。彼女はいつでも日本のものやチップをよこせと笑顔で言ってくる。僕が笑顔で「絶対にあげないよ」と言うと、彼女は「ケチ!」と言って僕の肩をたたき、大きな声で笑っていた。

キューバ人はお金に厳しい。ここまでお金に対して執着心を持っている理由を僕はキューバの経済事情、社会事情をスペイン語のレッスンの中で嫌というほど聞かされていた。



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そんな現地人とのコミュニケーションに反して、日本人と話さない期間が長くなり、寂しさは日に日に強くなっていった。最初は楽しんでいたが徐々に日本語が話せないことがストレスになってくる。毎日変な夢を見る。旅を始めてからまだ2ヶ月も経過していないのにもう日本にいたころが半年以上前のことのように思える。日本にいたころ、三茶にいたころが懐かしい。

今まで長期旅行をしていたときは日本人と話すことが多かった。今までこんなに長期間ネットも使わず日本人とも話さなかったことはなかった。ダマリスは「今度は日本人をつれてくるからね!」と言っていた。カーサに日本人をつれてきて欲しかった。

旅をしているとどうしても日本人同士で固まってしまう。僕は今までバックパッカーとして旅をしていたとき、ただ観光地を巡って日本人同士で話してちょっと現地の人と英語で話して満足していた時があった。

もちろん時には日本人の旅人とも話したい。旅人と話すことがどれだけ楽しいか、どれだけ笑いあえるか、どれだけ自分にとって有意義なものであるかを知っている。

でも僕はそれではもう満足できなくなっていた。できるだけ現地人と現地語で話し、できるだけ現地のリアルな話を聞き、できるだけその土地のご飯を食べ、その土地の生活をしてみたかった。日本ではできない地を這うような生活をできるだけ多くの場所でできるだけ長くやりたかった。

外国人はゲストでしかないのはわかっている。日本とキューバの経済格差も知っている。僕が払っているカーサの料金が現地人から見てどれだけ高額であるかも知っている。でも、だからこそ、僕は出来る限りその土地に入り込んでリアルさを感じ取りたかった。それこそが旅の醍醐味であった。

効率性を考えてスペイン語を学ぶならお金を使ってスペインなりメキシコなりアルゼンチンなりもっと裕福な国で優雅に学ぶこともできる。もっと優雅に勉強したいと思うこともある。

でも、この訳の分からない街の訳の分からない家で訳の分からない先生にスペイン語を習うという、馬鹿みたいな生活をしながらスペイン語の勉強することはここでしかできない。それこそが僕にとって最高の経験だった。

この最強最悪な環境、、、、、、

・部屋に普通にゴキブリと蚊がいる家
・トイレで汚物が流れないときがある家
・そしてその横で電気がつかない状態で出の悪いシャワーを浴びる家
・壁にイモリがいる家
・家族総出で、ものすごい勢いでチップや日本製のものを要求してくる家

・何にもないこの街
・家々が全体的に歴史遺産、悪く言えば廃墟になっているこの街
・徒歩とチャリと馬が主な交通手段のこの街

・日本語を話す時間ゼロ。
・自分の独り言以外の日本語を聞く時間ゼロ。
・数冊の本以外日本語を読む時間ゼロ。
・日本人皆無なこの状況

挙げていけば限がないこの最強最悪な環境、、、、、。

ある日、僕はダマリスに言った。
「日本人は絶対につれてくるなよ。」

僕はどこまでも熱いお湯が好きになってきていた。そして完全に日本の感覚が麻痺していることに気づいていたが、通常の感覚に戻すのは無理だった。

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