アルゼンチンホームステイ



〜世界をまたに駆けるヒモ〜

ブエノスアイレスから南にバスで6時間ほどのところにマルデルプラタという街がある。アルゼンチンきってのビーチリゾートであり、夏には多くの外国人、そしてアルヘンティーノたちがこのビーチリゾートに訪れ、昼は海で泳ぎ、夜はカジノを楽しむ。

だが、今は5月でありアルゼンチンは南半球のため秋、これから冬を迎える。この時期にマルデルプラタに訪れる旅行者はいない。

僕はこの閑散とした街にやってきた。それはいつもと同じようにこの旅の目的というべきライブモカで知り合った友達と会うためだった。

ラウラさん。英語発音ではローラさん。彼女はこの旅で数少ない年上であった。僕は日本にいたとき、倫理の先生である彼女とライブモカのチャットで哲学の話をしたことで意気投合し、彼女は最高の友達の一人になっていた。彼女はこれまでチャットで知り合ったどの友達よりも落ち着いていて、どの友達よりも僕のことを理解してくれていた。僕は実際に会う前の友達の中では、彼女を一番信用していた。

以前に僕が彼女にホームステイがしたいと言ったとき、彼女は快く自分の家のベッドを使っていいと言ってくれた。そして僕はこのアルゼンチンのマルデルプラタという街で1ヶ月ほどのホームステイをすることを決めていた。

ブエノスアイレスのホテルからで彼女に電話をし、今日マルデルプラタに行くと告げた。



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大学生の頃、世界地図を見てアルゼンチンという国はなんて遠い所なのだろうと思ったことがあった。地図を見ると日本から遠いアメリカ大陸の一番南にある国。テレビでも新聞でもこの国の話題が登ることはほとんどない。あるとすればサッカーだけ。もちろんボリビアもパラグアイもキューバもよく知らなかったが、アルゼンチンだけはなぜか名前だけ印象的だった。そしてどこか憧れを持っていた。

今、この遠い国に来て、現地の言葉で現地の友達と交流しながら、このアルゼンチンという国で生活する。これは僕にとって最高の喜びであった。今になって僕は、飛行機代があって、生活費があって、自分の意思があればどんな遠い所でもいけるということを知った。



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バスターミナルを降りたらラウラさんはホームで僕を待ってくれていた。今まで会ってきた友達と同じようにハグをしてベシードをしてコレクティーボに乗って彼女の家に向かった。

また現地人の家にホームステイをさせてもらい、お世話になることができる。これはもはやお金の節約という意味ではなく、僕の旅の目的となっていた。中南米に7ヶ月もいて、もはや観光にほとんど興味をなくしていた僕にとって中南米での楽しみは建物を見る「旅行」ではなく人間との「生活」だった。現地人の家で現地人と同じものを食べ、現地人と現地語で会話し、現地人と同じ空気を吸うことで現地の雰囲気を感じる。ゲストであることには変わりはないけれど、それでも現地の中に出来るだけ入り込み、感情をシェアしていくこと。この異文化交流こそが僕にとってこの旅の最高の喜び、というよりももはや今の時点では義務のようになっていた。

僕は彼女に食事代だけ支払い、ホームステイをさせてもらうことにお礼を言った。彼女は笑っていた。彼女は日本語を勉強していて実際に日本人と話すことが楽しい様子だった。

僕が家には今は誰かいるのか?と聞くと、彼女は「私は一人暮らしよ」と言った。

・・・

・・・

「!!!!!??????」

「どういうことだ?」
「えーとどういうことだ?」

僕は彼女は家族と一緒に住んでいるものだと思っていた。彼女が家族と一緒に住んでいて、ホームステイという形で1ヶ月間一緒に生活するものだと思っていた。

「一人暮らし?」
「一人暮らしの女性?」
「??????????」

年上とはいえ未婚の女性の家に今日はじめて出会った意味不明の日本人がいきなり転がり込んで生活する・・・・

しかもラウラさん、ものの見事に白人の金髪の美人。

・・・

「僕は全く問題はないけれど、ラウラさんはいいのだろうか?」
「若い男を家に泊まらせて平気なのか?」
「僕がもし変なことをしたらどうするつもりなのだろうか?」
「この人少し安全とか考えたほうが良いんじゃないだろうか?」
「これは罠か?」
「むしろどこかに売り飛ばされるんじゃないか?」
「っていうかこの人頭大丈夫か?」

・・・僕はテンぱった。頭の中が真っ白になった。でも、こんな面白い経験は二度と出来ないとすぐに考え直し、ラウラさんに1ヶ月よろしく!と言った。

ホームステイとはホームにステイすること。この場合のホームとは家庭のこと。これって家庭なのだろうか?未婚の女性が一人で暮らしていることを家庭とは呼ばない。そしてそこにステイすることをホームステイとは呼ばない。

未婚の女性が一人で暮らしているところにステイすることを日本ではヒモと呼ぶ。僕はアルゼンチンという遠い遠い国に来て1ヶ月間ヒモ生活をすることになった。

ここまでアルゼンチンで
「警察に尋問される」
「ダニがかゆくて眠れなくなる」
「体調を壊して医者に行くが全然薬が効かない」
「未婚女性とのヒモ生活」
という意味不明すぎることしか起こっていない。

到着したその日に、ラウラさんの友達の誕生日パーティーに招かれた。アルゼンチンも他の国と同じようにかなりクレイジーなフィエスタをやっていた。みんなお酒を飲み、音楽を聞いて酔っ払っている。そして、これまでの国と同じように、いきなり怪しい日本人がきても誰も気にしない。というかいきなりやってきた日本人が未婚女性の家に泊まることに誰も疑問を感じないのだろうか?ラテンアメリカの人たちははやはり気にしない性質なのだろうか?

世界をまたに駆けたヒモ生活はこれからどうなっていくのか?僕の頭の中にはステイを楽しもうという気持ちは全くなく、むしろ「僕はアルゼンチンにきて何をやっているのだろう?」という自分自身への疑問しかなかった。

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