メキシコ旅行記



〜雨のメキシコシティ〜

インディラは12時ごろに宿に来た。彼女と一緒に歩き、バスターミナルに向かった。今日でケレタロという街と彼女・そしてアリスと分かれることになる。

1ヶ月以上も一緒にいれば自然と仲良くなる。仲良くなればなるほど別れが辛くなる。それでも旅を続けている以上別れなければならない。

バスターミナルに行き、チケットを取った。バスの出発まで時間があったので最後に二人でタコスを食べていた。二人ともおなかが減っていたのか3つほどタコスを食べていた。僕は最近になって肉を食べるのが嫌になっていたため卵のタコスばかりを注文していた。



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メキシコ人は日本語が大好きだ。ひらがなやカタカナのの丸みを帯びた文字がかわいいらしい。日本人にとっては何の感慨もないひらがなやカタカナだが、外国人にとってはかわいいという感覚があるということに驚きと異文化を感じた。僕にとってスペイン語は魅力的だ。そのお互いの国の文化や言語に惹かれあうのがが異文化交流なのだろうか。

メキシコ人は自分の名前を日本語で書いてもらいたがる、ケレタロにいて何回かメキシコ人の名前を日本語で紙に書いてそれを渡したことがあった。メキシコ人はその紙を見て、珍しがり喜ぶ。名前を漢字で書いてその意味をスペイン語で教えてあげるとさらに喜ぶ。

彼女も例外ではなかった。僕は以前に彼女が自分の名前を日本語で書いて欲しいといっていたのを覚えていた。



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・・・僕は最後にインディラに日本の折り紙をプレゼントした。折り紙の裏に彼女の名前を日本語で書いてありがとうと書いた。そしてスペイン語「Gracias」と書き、一番下に「Mas fuerte!(もっと強くなって)」というメッセージを書いた。彼女は物事に敏感で、彼氏に対して不安を抱いている面があった。もっと強くなって欲しかった。でも、若いときに物事に敏感で繊細なのはある意味では当たり前のことだとも思った。その意味で冗談もこめて強くなって欲しいというメッセージをつけた。

彼女は日本語で「ありがとう」と言い、数秒沈黙した後に見覚えのある本を差し出した。「マッチ売りの少女」のスペイン語版だった。この本は彼女が僕のスペイン語の勉強のために以前に貸してくれたものだった。その時の彼女の顔は中世ドイツの人形のように見えた。メキシコにいる感じがしなかった。

バスを待っていると雨が降り始めた。どんどんと寒くなる。ケレタロは日中、いつも暖かかったにも関わらず突然日本の冬のように寒くなり始めた。雨が降り続いている中、バスの出発時間になった。

この寂しげな雰囲気も手伝って僕は悲しくなったが、そういう顔はしなかった。アリスとは最後に会えなかったけどフェイスブックでいつでも会える。もちろんインディラともいつでもどこでもLANケーブルかWIFIさえあれば会話ができる。それはリアルじゃないけれど、本当は辛いけど、、、そう思い込むしかなかった。あまりに何回も別れを繰り返してその都度悲しがっていたら身が持たない。

僕は彼女とベシードをしてバスに乗り込んだ。



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3時間ほどでバスはメキシコシティに到着した。

北バスターミナルからペンションアミーゴのあるRevolucion駅へ向かった。久しぶりの日本人宿だ。日本人バックパッカーとあまり絡まないようにしてきたが、日本人宿は安い。ペンションアミーゴは普通のユースホステルの半額以下になる。お金はできるだけ節約したい。

地下鉄を乗り継いでRevolucion駅に着いた。着いたときには辺りは暗くなっていた。タクシーに乗ろうと思ったが、絶対にタクシーは使いたくなかった。そんなことに絶対にお金を使いたくない。道が分からなければ人に聞けばいいし歩いていけばいい。時間だけはたっぷりとある。何キロレベルなら歩ける。今までもそうしてきたしこれからもそうするだろう。

ただ、雨が降り続いている。雨でパソコンが壊れるのだけは嫌だった。パソコンが壊れるのはこの旅にとって死活問題だった。

そしてメキシコシティは中米ほどではないが治安が悪い。特に夜に出歩くのは若干危険であることを旅人のブログを見たり旅人の噂を聞いたりして知っていた。ケレタロに比べて明らかに雰囲気も悪い、雲がどんよりしていて人も多くて大都市ならではの冷たさを感じる。

僕はしばらく考えてパソコンと自分の命を守ることだけはお金を使おうと思った。そして結局タクシーに乗ってペンションアミーゴに向かった。なんとなく自分に負けた気がしたけれどそんなことで勝ち負けを争っていること自体がくだらなく思えてきた。楽をするためにお金は使わない。でも命とお金とパソコンは絶対に守るためにはお金は使う。なんとなく他のバックパッカーとは違う旅の仕方をしている気がしてきた。

革命記念塔のすぐそばにペンションアミーゴという日本人宿がある。黄色いドアに日本の国旗がペンキで塗られ「ぺんしょんあみーご」と書かれている。

ドアをたたき、中に入った。日本人の管理人の説明を受け、僕は久しぶりに日本人宿に宿泊した。



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この旅の最初の街がメキシコシティだった、カンクンに行き、キューバに行き、ケレタロに行き、、、、あれから4ヶ月が経過しようとしていた。

本当はこの街に来るつもりはなかったけど、もう一度ここには来なければいけない理由があった。

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